母が痴呆に

昔はしっかりしていた母が、まさか痴呆になるとは思っていませんでした。どちらかというと人よりもしっかり者で、気が強かっただけに、テレビで認知症の報道など見ても他人事だと思っていました。

元々が自分で仕切りたがる人なので、回りが痴呆の症状に気づいて指摘しても、すぐには受け入れてくれません。「ボケてなんかいない!」と怒鳴られたこともあります。

年齢が年齢なので、物忘れがあるくらいには思っていたようですが、痴呆という深刻な状態に置かれていると本人が気づくまでには時間がかかりました。しかし、ついさっきの話を覚えていない、同じことを何度も聞くといった兆候が見られ始め、注意して観察していると、やはり認知症の傾向が顕著に見られるようになっていったのです。

母よりは父の方が痴呆になりそうな雰囲気はあったので(実際はそんなことなかったのですが)、家族や父自身もある程度の勉強はしていました。もっとも、気が向いたときにテレビで見るぐらいなので、それが勉強と呼べるかは疑問ですが。

それでも、やはり痴呆について多少の知識があったので、かなり早い段階で進行に気づくことはできませんでした。問題は、母がそれを認めてくれなかったことです。

母自身の気づき

ある出来事があって、母がみずから痴呆について気づくことになりました。その出来事とは、母が使っていた銀行の通帳を姉が一緒に出かけた際に預かったのですが、そのことを母が覚えていなくて、家に戻ってから大騒ぎになっていたのです。

姉は買い物のために出ており、事情を知らない父は母の言うとおり、銀行通帳が盗難にあったのだと思って、慌てて銀行に連絡を取りました。しかし、姉が帰ってくると、すべては母の勘違いであると分かってしまったのです。

この一件により、母もだいぶ落ち込んでしまい、痴呆になっていることを認めるようになりました。年齢からくる健忘症と笑って済ませられる問題でもなかったため、精神的なダメージも大きかったようです。

自分ではまだ若いと思っていただけに、痴呆になってしまったというのは、もはや老人であるという宣告のように思えたらしく、急に老いてしまったように見え、時折会うたび、背中が小さくなっていくようで心が痛みました。

物忘れを防ぐために

このまま痴呆が進行していくのを防ぐために、色々な方法を試してみました。指先を使うために裁縫を勧めたり、手品の道具を買っていったこともあります(手品はほとんど練習すらしなかったようですが)。

認知症や健忘症の予防になるという体操を調べ、教えたこともあります。しかし、母の痴呆は一向に改善する様子はなく、むしろ症状は進行して悪化しているようでした。

年齢から来る衰えである以上、簡単に防げるものではないのかと諦めかけてしまった時期もあります。もはや元気でしっかりしていた頃の母はいないと認めなくてはならないのかと、実際のところ絶望に打ちひしがれてしまったのです。

そんな時、わずかな希望を求めてネットで痴呆の改善の方法を探していたところ、ある情報にたどりつきました。

すべては間違っていた

これまで、母に痴呆を克服してもらうためにしていたアドバイスは、ありきたりのものでした。その結果、改善どころか時を追うごとに悪化してしまっていたのです。

しかし、笹本式認知症改善プログラムという方法を見つけて、その間違いがはっきりしました。治らない状態だから回復しないのではなく、方法が悪かったのです。

現在では痴呆や健忘症は認知症と呼ばれるようになっていますが、要は同じものです。私たちの家族はいまだに痴呆や健忘症と呼んでしまうことが多いですが、これはどちらでもよいでしょう。

大切なのは、笹本式認知症改善プログラムによって母が明らかにしっかりして、自信を取り戻してくれたことです。周りを見る目が怯えるようになり、弱々しくなってしまっていた母も、回復して自信が戻ってくるにつれ、以前に近づいて行きました。

痴呆が改善した今、症状がひどかった時期の母はやはり別人のようだったのだと思います。私の知っている母に戻ってくれて、本当によかったと思います。

母を救ってくれた笹本式認知症改善プログラム